水戸地方裁判所 昭和56年(行ウ)1号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
被告は、「本件通知処分にかかる建築物は既に完成しており、このような場合、近隣住民たる原告には、もはや本件通知処分の取消を求める訴えの利益がない。」旨主張するので、まずこの点について判断する。
1 本件通知処分にかかる建築物(本件建物)が既に完成済みであつて、昭和五六年三月一六日、本件建物の建築主である住宅公団から被告宛に工事完了通知がなされ、さらに同月二七日、被告から住宅公団に対し、検査済証の交付がなされていることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件建物の所有権が、遅くとも同年八月一日までに住宅公団から訴外関山憲一へ移転していることが認められる。
2 原告の本件訴えの目的が、本件通知処分にかかる本件建物の建築によつて生ずる原告宅に対する日照及び眺望等の被害を消滅ないし軽減せしめるところにあることは、その主張により明らかであり、かつまた、本件通知処分の名宛人でない原告には、本件通知処分が判決により取消されることにより右目的を達し得る場合に限り、訴えの利益が認められるというべきである。
3 しかして、昭和五六年法第四八号により廃止される前の日本住宅公団法五八条及び昭和五六年政令第二六八号により廃止される前の日本住宅公団法施行令二一条一項二号によれば、建築基準法一八条の規定については、住宅公団は国の行政機関とみなされて同条が準用されるところ、同条によれば、国、都道府県、建築主事を置く市町村(以下「国等」という。)が、一定の建築物を建築しようとする場合は当該工事に着手する前にその計画を建築主事に通知しなければならず(二項)、右通知を受けた建築主事は、右通知が当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例等の建築関係法令に適合するか否かを審査し、その結果を国等に通知し(三項)、国等は建築主事からの建築関係法令に適合する旨の通知処分を受けた後でなければ当該建築物の建築等の工事をすることができないとされている(四項)。そして、国等が当該建築物の建築工事を完了させた場合には、その旨を建築主事に通知しなければならず(五項)、通知を受けた建築主事は、当該建築物が建築関係法令に適合しているか否かを検査し(六項)、右関係法令に適合していることを認めたときは検査済証を交付しなければならない(七項)。また国等は、検査済証の交付を受けた後でなければ、当該建築物を使用し、又は使用させてはならないとされている(八項)。さらに、特定行政庁は法律又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反する建築物について、建築主等に対して、当該工事の施行の停止又は当該建築物の除却、移転等の右違反を是正するために必要な措置(是正命令)を命ずることができる(同法九条一項)ところ、右建築物が国等のものであるときは、特定行政庁は、是正命令を発することはできないが、直ちにその旨を建築物を管理する機関の長に通知し、必要な措置をとるべき旨を要請しなければならないとされている(同法一八条九項)。
建築物の建築についての法規制に関する右の関連各規定によれば、通知処分の性格は、事前審査手続として通知にかかる当該建築物の計画が関係法令に適合する旨の判断を示すものであつて、通知にかかる建築物について適法に建築工事をなし得るという効果を伴うものと解するのが相当である。そして、通知処分の効力はそれにとどまるのであつて、それ以上に、計画に従つて建築された建築物が実体的に建築関係法令に適合していることの判断を含むものではなく、完成した建築物については、通知処分とは別個に、いわば事後的に、その建築物が実体的に建築関係法令に適合しているか否かの完了検査がなされるのである。この場合には、建築主事は、当該完成した建築物が実体的に建築関係法令に適合している限り、仮に通知処分を受けていなかつたり、通知された計画と異なつていたとしても、検査済証を交付しなければならず、また通知処分を受けた建築物であつても、それが建築関係法令に違反しておれば、検査済証を交付することはできないものと解すべきである。このことは、前記のとおり、建築基準法一八条六項が検査及び検査済証の交付にあたつて、当該建築物が通知処分にかかる計画どおりに建てられたか否かでなく、単に建築関係法令に適合しているか否かを判断すべき旨定めていることからも推認されるばかりでなく、このように解さないと、実体的には建築関係法令に適合している建築物であるにもかかわらず、計画通知手続を懈怠したという手続上の理由のみでその使用が許されないということになり、建築基準法の意図する建築物の最低基準の確保並びに維持という目的以上に、過度に、建築物の使用を規制するおそれなしとしないからである。
右の理は、完成した建物に対する特定行政庁による当該建築物に対する是正命令(前記認定のとおり、本件建物は現時点では私人の所有に帰しているので、建築基準法九条の是正命令のみが問題となる。)についても同様であつて、特定行政庁が、完成した建物につき、その所有者等に是正命令を発し得るのは、当該建築物が実体的に建築関係法令に適合していないと認められる場合に限られ、特定行政庁は、通知処分を受けていない建築物であつても、それが実体的に建築関係法令に適合しているときは、通知処分を受けていないことを理由に是正命令を発することはできず、また通知処分を受けた建築物であつても、それが実体的に建築関係法令に違反するときは、是正命令を発することができるものと解すべきである。なぜなら、建築基準法九条一項所定の建築物の除却、移転等の措置は、当該建築物が実体的に建築関係法令に違反した違法建築物である場合に、その違法状態を排除是正するために認められたものであつて、単に通知手続を経ていないという形式的手続的違反を理由として実体的には何ら違法でない建築物をも排除することができるとするのは、法の定めた制度の趣旨に必要な限度を越えた制約を建物所有者らに課すこととなつて不合理なものといわなければならないからである。
4 以上によれば、通知処分には、単に、通知にかかる建築物について適法に建築工事をなし得るという効果があるにすぎないものであつて、建築された建築物が建築関係法令に適合することまでの効果を伴うものではないのであるから、通知処分の取消を求める訴えは、当該建築物に対する工事の着手前もしくは工事継続中の時点に限り、当該工事の開始もしくは続行を阻止し、それによる被害発生を防止しうるという点において訴の利益があるというべきであるが、これに対し、当該建築物が完成した後においては、仮に判決によつて通知処分が取消されたとしても、阻止すべき建築工事は既に完了し、いわばその対象は存在しないのであるから、あとには完了検査、検査済証の交付、是正命令等の問題が残るにすぎないところ、特定行政庁による是正命令は、建築物が完成している以上、仮に通知処分が判決により取消され、それが存在しない状態になつたとしてもそれのみでは発せられ得ない(逆に、通知処分を得ていても、実体的に建築関係法令に適合していなければ是正命令が発せられ得る。)のであるから、そうすると建築物が既に完成している場合においては、通知処分の取消の訴は、当該建築物の近隣住民である原告が右建築物の建築によつて被る被害の消滅ないし軽減にとつては何ら実効のないものであつて、取消を求める訴えの利益はないものといわざるを得ない。
(龍前三郎 新崎長政 大澤廣)